
2026年3月25日、ANAホールディングスから発表された一通の適時開示資料。そこには、私たちが「国内線の次世代フラッグシップ」として期待していたB787-10の導入計画を一部変更し、国際線用のB787-9へとシフトさせるという意思決定がが記されていました。
ANAは「国内線の大型化」の手を緩め、「国際線の中型化・長距離化」へ舵を切ったのか。適時開示の裏側に隠された数字、機材スペックの緻密な比較、そしてB777-9導入遅延の影響まで考察してみました。
- 【概要】2026年3月25日:適時開示のファクト
- 投資額のリアル:機材変更で「浮く」内訳
- 機材スペック徹底比較:なぜ「-9」でなければならないのか
- 国際線機材を増やすメリットと「インバウンド」の背景
- B777-9導入遅延の影:フラッグシップの代役
- 国内線マーケットはどう見えているのか?
- 最後に
【概要】2026年3月25日:適時開示のファクト
まずは、今回発表された適時開示資料の要点をおさらいしましょう。
事の始まりは2020年2月。ANAは当時の主力機B777-200(国内線仕様)の退役に伴う後継機として、B787-10型機を11機確定発注していました。B787シリーズで最大の長さを誇る「ダッシュ10」を国内幹線に投入し、圧倒的な低燃費と輸送力を両立させる、それが当初のシナリオでした。
しかし、本日発表された変更内容は以下の通りです。
B787 導入計画の変更概要
10型:〜2026年度
9型:2027年度
※適時開示資料(2026/3/25発表)より
理由は明確です。資料には「今後の国際線旅客事業(ANAブランド)の拡大に向け、既発注機材の機種構成を最適化するため」と記されています。すでに8機のうち7機を受領済みのB787-10は国内線の主力として残しつつ、未受領の3機分を「国際線仕様のB787-9」へとシフトしたのです。
投資額のリアル:機材変更で「浮く」内訳
今回の変更の背景を探るべく、2020年2月25日開示の『固定資産(航空機)の取得に関するお知らせ』を参照すると、投資額の具体的な動きが見えてきます。
注記によれば、B787-9のカタログ価格は1機あたり約400億円。算出レートは1ドル140円です。
減額のメカニズム
B787-10はB787-9よりも胴体が長く、座席数も多いため、一般的にカタログ価格は-9型より10%〜15%ほど高価です。
- B787-10(推定) 約450億円前後
- B787-9 約400億円
※資料記載の1ドル=140円換算ベース
未受領だった3機を「10型」から「9型」に変えることで、単純計算でもドルベースで150億円近い投資抑制となります。資料にも「機材変更により、米ドルベースでの投資額合計は当初の計画を下回る予定」とあります。
現在、私たちは歴史的な円安の渦中にあります。1ドル140円前提で400億円の機体は、もし150円になれば430億円弱まで膨れ上がります。ANAはこの円安局面において、あえて「少し小さな(安い)機体」へシフトすることで、円建ての支払い総額をコントロールし、財務の健全性を維持しようとした。これは極めて合理的な「防衛的投資」と言えるでしょう。
機材スペック徹底比較:なぜ「-9」でなければならないのか

大は小を兼ねる」はずの航空機において、なぜANAはわざわざ小さなB787-9を選んだのでしょうか。そこには、航空工学的な「トレードオフ」の関係があります。
| スペック | B787-9 (中大型) |
B787-10 (大型) |
比較のポイント |
|---|---|---|---|
| 全長 | 62.8 m | 68.3 m | 10型は5.5m長く、席数が多い |
| 最大離陸重量 | 約254 トン | 約254 トン | ★ポイント |
| 座席数 (国際線) |
約215〜246席 | 約294席 | 10型は輸送力特化 |
| 航続距離 | 約14,200 km | 約11,600 km | 9型が圧倒的勝利 |
「重さ」の使い道の違い
B787-9と-10は、実は持ち上げられる総重量(最大離陸重量)がほぼ同じです。
- B787-10:長い胴体にたくさんの「乗客と座席」を載せるため、その分、積める「燃料」を減らさなくてはなりません。結果として、航続距離は短くなります。
- B787-9:胴体が短い分、空いた重量枠をすべて「燃料」に回せます。だからこそ、地球の裏側まで届く航続性能を手に入れられるのです。
ANAが今回、国内線用の-10を減らしてまで-9を求めたのは、「座席数よりも、遠くまで飛べるリーチ」を優先したからです。これは、シンガポールやバンコクといったアジア圏だけでなく、ミラノ、ストックホルム、イスタンブールといった、2026年度以降に本格稼働する「欧州新路線」への投入を強く意識した選択に他なりません。
高単価路線へのシフト鮮明化が伺えます。
国際線機材を増やすメリットと「インバウンド」の背景
なぜ国内線ではなく国際線なのか。その背景には、日本の航空市場が直面している「構造的な変化」があります。
インバウンド需要という「ドル箱」
現在、ANAの国際線収益を支えているのは、日本人旅行者ではなく、海外から日本へやってくるインバウンド旅客です。彼らは外貨(ドルやユーロ)で航空券を購入します。円安が進むほど、ANAにとっては「外貨で高く売って、円でコストを支払う」という収益構造が有利に働きます。
国内線は運賃の上げ幅に限界がありますが、国際線は需要に応じてダイナミックに単価を引き上げられます。経営資源(機材と人)を、より稼げる国際線へシフトさせるのは、企業として当然の帰結です。
ネットワークの柔軟性
B787-9を増やすメリットは、その「潰しが利く」サイズ感にあります。
高頻度運航(デイリー化)の実現:大型機で週3回飛ばすよりも、中型の787-9で毎日飛ばす方が、ビジネス客の利便性は飛躍的に高まります。
新規就航のリスク低減:いきなりB777-300ERのような超大型機を投入して空席を作るリスクを避け、適正なサイズで確実に黒字化を狙えます。
B777-9導入遅延の影:フラッグシップの代役

今回の機種変更を語る上で避けて通れないのが、ボーイング社の次世代超大型機「B777-9(通称:777X)」の導入遅延です。
本来であれば、今頃はB777-9がANAの新たな顔としてロンドンやニューヨークを飛び回り、B777-300ERが順次退役、あるいは他の路線へ回っているはずでしたが、ボーイングの開発難航により、実用化は2027年以降にずれ込んでいます。
試験飛行の動画を見るとコックピットの窓こそ古さを感じますが、長い胴体に広げた翼はバランスがとれていて、外観は完成形に見えます。しかし、開発の実情は一筋縄ではいかないようですね。
B787-9に課せられた「中継ぎ」以上の任務
B777-9が来ない間、ANAは既存のB777-300ERを使い倒さなければなりませんが、機体の老朽化や整備コストの問題が出てきます。ここで、今回追加された「2027年度受領のB787-9」が重要な役割を果たします。
最新の発表によれば、2026年8月から受領するB787-9には、新型ビジネスクラスシート「THE Room FX」が搭載されることが決まっています。
欧米の掲示板サイトや投稿を見ているとANAの787のシートは古いと言及していることが多くなり、かなりそうしたコメントに危機感を強めているのかもしれません。
中東のメガキャリア勢が飛べない中、相対的にANAには追い風が吹いている面もあるとは言え、利用者としてはやはり、最新世代のシートで『横になりたい』のが本音であります。
B777-9の穴を埋めるべく、B787-9に最高級のプロダクトを載せて長距離路線に投入する。今回の機種変更は、単なる「調整」ではなく、「フラッグシップ不在の期間を、最強のB787-9で乗り切る」というANAの背水の陣とも言えます。
国内線マーケットはどう見えているのか?
幹線への集中:人口動態への適応
すでに受領したB787-10(8機)を羽田=札幌、伊丹、福岡、那覇の幹線に集中投入し、1便あたりの輸送密度を最大化する戦略は、まさに日本の人口動態を反映しています。
少子高齢化と都市部への一極集中が進む中、航空需要もまた「特定の太いパイプ」に集約されつつあります。かつてのような日本中を大型機で網羅する時代は終わり、限られたパイプをいかに高効率な最新機材(B787-10)で運用し、確実に収益を上げるかという「選択と集中」が不可欠となっています。
中小型機の活用:労働力不足と産業構造の変化
地方路線については、エアバスA321neoや今後導入予定のボーイング737-8型機へと機材を集約し、過剰な大型機運用を排除します。
これは、地方の人口減少に伴う需要減への対応のみならず、航空業界全体が直面する「2030年問題(人手不足)」とも密接に関係しています。グランドハンドリング(地上支援)や整備、パイロットといった労働力が逼迫する中で、大型機運航に必要な地上リソースを地方拠点で維持することは、極めて重いコスト負担となります。昨今、地上設備のインフラシェアリングが推進されている背景にも、こうした切実な事情があると言えるでしょう。
また、JRの新幹線網をはじめとする他の交通インフラとの競合や棲み分けを考慮すれば、地方路線において「機体サイズを最適化し、適切な運航頻度を維持すること」こそが、産業としての持続可能性を担保する唯一の道です。
一方で、「協調による維持」は、爆発的な成長が難しいことの裏返しでもあります。国内市場で最適化を追求するからこそ、かつてのようなフルスロットルの成長を求める場は、必然的に海外マーケットへとシフトしていく。そんな業界の強い意志も感じさせる戦略といえます。
「ジャンボ時代」からの完全なる脱却
つまり、現在の国内線マーケットにおいて「8機のB787-10があれば十分に回せる」という冷徹な計算が成り立ったのは、日本という国そのものが「拡大」から「成熟と集約」さらに言うと「退化」へとフェーズを変わりつつあることを意味しています。
大量の乗客を一度に運んだ「ジャンボ機(B747-400D)が羽田にひしめき合っていた時代」は、右肩上がりの人口と旺盛な内需の象徴でした。そこから脱却し、最新の低燃費機材で「中身の濃い」輸送を行う現在の姿は、限られたリソースをいかに外貨獲得へとリソースを振り向けている結果に見えます。
国土交通省が定時運航率に対して苦言を呈し、働きかけるのも何かわかる気がします。
昔であれば、BtoCの世界的企業がわかりやすかったのですが、近年の日本産業は部品・部材といったBtoB分野で世界をリードしており、円安で利益を上げていても、一般消費者の実感としては薄くなりがちで、焦燥感さえ感じます。
最後に

今回は、ANAの投資対象である機材構成の変更について深掘りしてみました。
刻々と変わる世界情勢や円安という荒波の中、今の航空経営は、時には「匍匐(ほふく)前進」で耐え忍び、時にはチャンスと見るや「猛ダッシュ」で勝負をかけなければ、安定的な成長への道はないと感じる開示でした。
利用者としては、国際線で新型シートに触れる機会が増えるのは間違いなく朗報です。
「イケイケどんどん」だったあのバブル時代は子供であり、今としてはそんな世界に浸ってみたいとも思いますが、生い先も短いので無理でしょう。
ただ、今のあまりに「冷徹で正しすぎる計算」に基づいた戦略を前にすると、意味もなくワクワクとした高揚感も感じないところでもあります。プチイケイケなプレミアムポイント2倍キャンペーンとかあれば良いのですが。