
航空ファンやマイル修行僧にとって、「OKA」という3文字の空港コードは特別な響きを持っています。沖縄・那覇空港。東京・羽田空港からの距離、獲得できるプレミアムポイント(PP)の効率、そして路線の運航本数の多さから、いわゆる「OKAタッチ(羽田〜那覇をただ往復するだけの過酷な旅路)」の聖地として知られています。
数え切れないほどのフライトを重ねてくると、もはやこの路線は「旅」というよりも「慣れ親しんだ日常の延長」であり、一種のルーティンワークのような感覚すら覚えるようになります。
今回搭乗するのは、那覇発羽田行きの深夜便、ANA1096便。
機材は最新のシートスペックを誇るボーイング787-9(通称:78G)。座席は機内最前列の特等席である「1A」です。
沖縄の心地よい熱気を背中に感じながら、羽田へと戻るプレミアムクラスの旅が、今まさに始まろうとしていました。
- 那覇空港ANAスイートラウンジの洗礼と「混雑」という現実
- 搭乗ゲートへの移動:南国の色彩と修行僧の職業病
- プレミアムクラス「1A」の空間:最新機材78Gの居心地
- 機内食の定点観測:お腹は空いていないが、完食
- 機内のアルコール事情:糖質制限の解除と「グラス」の謎
- 無難なルート、そして「あの頃」の空を回想する
- 羽田到着:深夜の選択肢と最後の鉄路
- 最後に
那覇空港ANAスイートラウンジの洗礼と「混雑」という現実

前回のトラウマを乗り越えて
那覇空港に到着し、プレミアムチェックインを済ませて保安検査場を通過します。
実は、前回のOKAタッチの際、私はちょっとした「トラウマ」を抱えていました。その日は週末ということもあって空港全体が猛烈に混雑しており、最上級ラウンジである「ANAスイートラウンジ(ANA SUITE LOUNGE)」がまさかの満席。座席を探すことすらままならず、窮屈な思いをした挙句に、制限エリア(保安検査場の外)の一般エリアへ一度戻ろうかと真剣に悩んだほどだったのです。最高峰のステータスを持ちながら、ラウンジ難民になることほど悲しいことはありません。
そのため、今回もラウンジの自動ドアをくぐる瞬間は、かすかな緊張感が走りました。
「また満席で弾かれるのではないか……」
結果から言うと、今回は幸いにも空席を見つけることができ、無事に席を確保することができました。しかし、安堵したのも束の間、室内の混雑度はかなりのレベルに達しています。ソファー席はほぼ埋まり、ビジネスパーソンや熱心な修行僧たちが、それぞれの端末を睨みつけながら搭乗前の静かな時間を過ごしていました。かつての「選ばれた者だけの静寂の空間」だったスイートラウンジは、今や時間帯によっては、一般の待合室とさほど変わらない熱気に包まれています。


ライフソリューションとか言って、モバイル、でんき、ふるさと納税など色々と展開していますが、本業のサービスをしっかりしたらと思いつつ、羽田スイートにはないハイボールのジョッキでハイボールをいただきます。
混み合うラウンジで一息つきながら、ふと最近のANA(全日本空輸)のビジネスモデルについて思考が巡ります。
近年のANAは、「ライフソリューションサービス」を大々的に掲げています。ANAマイレージクラブを基盤として、モバイル通信サービス(ANA Talk/ANA Phone)、新電力(ANAでんき)、果ては「ANAのふるさと納税」に至るまで、非航空事業のプラットフォーム化に躍起になっている印象を受けます。日常生活のあらゆる決済をANA経済圏に組み込んでもらおうという戦略です。
企業としての生き残り戦略、あるいは多角化経営の重要性は理解できます。しかし、一人のプレミアムメンバー(乗客)の本音を言わせてもらえれば、「そんな周辺事業にリソースを割く暇があるなら、本業の航空サービスやラウンジの混雑緩和、機内サービスの質の維持向上に、もっとしっかり力を注いでほしい」というのが正直なところです。
そんな少しばかりの毒づきを心の中で唱えつつ、私はラウンジのアルコールカウンターへと向かいました。
ここ那覇のスイートラウンジには、東京・羽田のスイートラウンジにはない、小さなお楽しみがあります。それが、オリオンビール……ではなく、冷え切った「ハイボールの専用ジョッキ」です。
羽田のスイートラウンジではいつものグラスで提供されるハイボールですが、ここでは居酒屋さながらの本格的なジョッキが用意されています。キンキンに冷えたジョッキにハイボールを注ぎ、グッと喉に流し込む。強めの炭酸とウイスキーの香りが、旅の疲れをじんわりと溶かしていきます。「文句を言いつつも、この一杯があるからANA修業はやめられないのだ」と、己の単純さに苦笑せざるを得ませんでした。
搭乗ゲートへの移動:南国の色彩と修行僧の職業病

本物の植物がもたらす安らぎ
ラウンジを出て、指定された搭乗ゲートへと向かいます。那覇空港の出発コンコースを歩いていていつも感心させられるのは、通路の随所に配置された植物たちの見事さです。
多くの空港や公共施設では、メンテナンスの手間やコストを考慮して造花(フェイクグリーン)が使われがちですが、那覇空港は違います。南国沖縄の強い生命力を感じさせる、本物の観葉植物や色鮮やかな蘭の花々がふんだんに飾られているのです。
ガラス窓の向こうに広がる滑走路の景色と、コンコース内に溢れる本物の緑。このコントラストが、旅人の荒んだ(あるいは移動しすぎて疲れた)目を優しく癒やしてくれます。本物が放つかすかな瑞々しい空気感は、やはり造花では決して真似できないものです。
CAさんの制服にみる「重症度」
コンコースを歩いていると、これから職務に就くと思われるANAの客室乗務員(CA)のグループとすれ違います。
彼女たちの制服のブラウスに目をやった瞬間、私の脳内に奇妙な違和感が走ります。
「あれ? あのCAさんのシャツ……ピンク色バージョンに見えるな……」
ご存知の通り、現在のANAの制服(マニラ・カサス氏デザインの第10世代)のブラウスは、コーポレートカラーであるブルー(ライトブルー)が基調です。ピンク色のブラウスなど存在するはずがありません。おそらく、空港の照明の加減や、私の疲労による錯覚、あるいは直前に見た蘭の花の残像が網膜に残っていたのでしょう。
しかし、そんな見えもしない幻色をCAさんの制服に見出してしまうあたり、「自分もいよいよマイル修業をし過ぎて、脳内がバグり始めているのではないか」と、一抹の危機感を覚えずにはいられませんでした。自嘲気味な笑いがこぼれます。

週末の夜、地方都市の格差を想う
夜も更けていく時間帯ですが、出発ロビーの案内掲示板(パタパタや電光掲示板)を見ると、東京行きだけでなく、各都市へ向かうフライトが目白押しです。週末の夜の那覇空港は、観光客の帰路とビジネス客、そして修行僧が入り乱れて、驚くほどの活気を見せています。
特に目を引くのが、福岡行きの便の多さと、その機材の大きさです。
沖縄から福岡への路線がこれほどまでに太く、需要があるのを見るにつけ、「やはり福岡という街は、九州・沖縄エリアにおける『副首都』としての圧倒的な格をお持ちなのだな」と再認識させられます。経済、文化、交通の要衝としての集積力が、このフライトスケジュールにそのまま投影されているようです。
プレミアムクラス「1A」の空間:最新機材78Gの居心地

グループ1の行列とL2ドアの心理学
いよいよ搭乗開始のアナウンスが流れます。私は最優先搭乗である「グループ1(ダイヤモンドメンバー)」の列に並びます。さすがにこの路線、そしてこの混雑期だけあって、グループ1の列だけでもかなりの長さになっています。
改札機にQRコードをかざし、ボーディングブリッジを進みます。運命の分かれ道。運航機材であるボーイング787-9(78G)の場合、ブリッジは「L1ドア(機体前方・プレミアムクラス側)」と「L2ドア(機体中央・普通席側)」の2本が接続されていることが多いです。
周囲の乗客の動きを観察していると、グループ1で搭乗した乗客のほぼすべてが、L1ドアではなく、右側のL2ドアの方へと吸い込まれるように進んでいきました。
ダイヤモンドメンバーであっても、必ずしもプレミアムクラスに座っているわけではありません。普通席の最前列や非常口席を確保し、実利を取るベテラン旅客が多いことの現れでしょう。彼らがL2ドアへ進むのを見送りながら、左側のL1ドアへと進みます。この瞬間の、少しだけ静まり返った通路を歩く感覚は、何度味わっても悪いものではありません。

特等席「1A」の全貌
今回の座席は、泣く子も黙る「1A」です。飛行機の進行方向左側、最前列の窓側座席。これ以上ないプレミアムクラスの王道ポジションです。
今回の機材は、ANAが国内線プレミアムクラスの標準を塗り替えるべく投入した最新仕様機、「78G(ボーイング787-9 国内線新仕様機)」です。
座席に腰を下ろすと、その新しさは一目瞭然でした。シートのレザーの質感、可動部のスムーズさ、そして目の前の壁(バルクヘッド)に至るまで、傷ひとつない新車のような輝きを放っています。
20時前でも明るいのは西に位置する沖縄ならではあります。
【78G プレミアムクラス・シートの特徴】
- シートメーカー:サフラン・シート・US製
- 大型の15.6インチ・個人用モニター(国内線最大級)
- 電動リクライニングおよびフットレスト
- 隣席とのプライバシーを確保する大型ディバイダー
- PC用電源、USBポート(Type-A / Type-C)完備
機内食の定点観測:お腹は空いていないが、完食

1Aの特権、迅速なるサーブ
飛行機は定刻通りに那覇空港を離陸しました。夜の滑走路を蹴り、G(重力)を感じながら急上昇していきます。眼下に広がる那覇の夜景が、またたく間に雲の向こうへと消えていきました。
巡航高度に達すると、すぐにベルト着用サインが消灯します。ここからのCAさんの動きは実に見事です。
座席は1A。機内最前列の、さらにサービスの起点となる側です。そのため、巡航に入ってから食事が運ばれてくるまでのスピードが圧倒的に早いのです。後方の座席の乗客がトレイを受け取る頃には、最前列の住人はすでに食事を半分ほど終えている、ということも珍しくありません。このテンポの良さも、1A席を手放せなくなってしまう大きな理由の一つです。
テーブルがセットされ、丁寧にラップされた機内食が運ばれてきました。実は、ラウンジでハイボールとおつまみをそれなりにいただいていたため、お腹はそれほど空いていませんでした。しかし、目の前に美しく盛り付けられた料理を出されると、不思議と食欲が湧いてくるものです。
- 玉子焼き、鯖の生姜煮、ピリ辛蒟蒻
千切大根煮、炊き合わせ、黒花豆甘煮 - ざるもずく
- サーモンと南瓜のサラダ
- 白身魚フライ
- 豚バラの柚子胡椒風味
- 高菜の炊き込みご飯
- 味噌汁
- 本日の茶菓
※味噌汁、本日の茶菓を除く
「高菜ご飯」に物申す:オキアミの影

料理を一つずつ吟味しながら食べ進めていきます。全体的に出汁が効いており、冷めていても美味しい和食のクオリティは流石ANAといったところ。沖縄らしさを演出する「ざるもずく」の清涼感も、この蒸し暑い季節には嬉しい一品です。
しかし、主食である「高菜の炊き込みご飯」に箸を付けたとき、私の”料理警察”が作動しました。
メニューの名称は「高菜の炊き込みご飯」となっています。確かに高菜の風味はするのですが、それ以上に視覚的にも味覚的にも自己主張してくる存在がありました。
ご飯の表面に、これでもかと散りばめられている「小エビ」たちです。
おそらく開発側としては、「彩りを鮮やかにし、風味にアクセントを加える」という意図(いわゆる”映え”の意識)だったのでしょう。しかし、この小エビ、よく見ると「桜エビ」のような高級なものではありません。もっとサイズが小さく、殻の主張が強い、言ってみれば非常にコストが安そうな小エビなのです。
大変失礼な表現を許していただけるなら、これは磯釣りや船釣りの際に魚を寄せるために海に撒く「オキアミ(アミエビ)」にそっくりではないか……?
そんな不埒な思考が頭をよぎってしまいました。一度そう見えてしまうと、高価なプレミアムクラスの機内食が、急に親しみ深い「釣り餌」のように思えてくるから不思議なものです。コストカットの波がこんなところにも押し寄せているのだろうか、と勘繰りつつも、味自体は悪くないため、結局はお腹が空いていないと言いながらも綺麗に完食してしまいました。
機内のアルコール事情:糖質制限の解除と「グラス」の謎


日常生活では糖質の多いワインやビールなどの飲酒を極力控えるようにしています。大好きなワインも飲まなくなったのは意外であります。飲むとしてもウイスキーのハイボールや焼酎の炭酸割りといった、蒸留酒が基本です。
しかし、「飛行機の機内だけは別」という、マイルール(あるいは悪癖)があります。
上空1万メートルという非日常の空間、そしてプレミアムクラスという贅沢な環境において、ワインの誘惑に勝つことは不可能です。シートベルトサインが消え、CAさんから「お飲み物はいかがいたしますか?」と聞かれた瞬間、私の口からは条件反射のように「白ワインをいただけますか」という言葉が飛び出していました。普段の糖質制限は、この瞬間に完全に「解禁」となります。雲の上では、あらゆるカロリーと糖質はリセットされるのです(という妄想を抱いています)。
「2杯目以降は紙コップ」ルールの現在地
ANAの国内線プレミアムクラスにおいては、コロナ禍以降、あるいはサービス効率化の観点から、ある「暗黙のルール(あるいは規定)」が徹底されていると聞いていました。それは、「最初の1杯目はガラスのグラスで提供するが、2杯目以降のお代わりについては、環境配慮や安全管理の観点から紙コップ(またはプラスチックカップ)での提供に切り替える」というものです。
実際、過去のフライトでは、2杯目を頼むと味気ない紙コップで手渡され、少し寂しい思いをした記憶が何度もあります。
しかし、今回のフライトはどうでしょうか。私が白ワインを飲み干し、お代わりをお願いしたところ、CAさんは「お使いのグラスにそのままお注ぎしてよろしいでしょうか?」と笑顔で尋ねてきました。
結果として、私は最初に渡された本物のガラスグラスのまま、着陸態勢に入る直前までずっとワインを楽しむことができたのです。
この「2杯目以降は紙コップ」という運用は、最近ではそれほど厳格に徹底されていないのでしょうか。それとも、担当してくださったCAさんの臨機応変なホスピタリティ(あるいは最前列1Aの乗客に対する特別な配慮)だったのでしょうか。いずれにせよ、紙コップ特有の「唇に触れるチープな感覚」なしに、最後まで冷えたワインを本来の口当たりで楽しめたことは、非常に満足度の高い体験でした。
無難なルート、そして「あの頃」の空を回想する
幾度となく通った「無難なルート」

那覇を離陸したANA1096便は、奄美大島付近を経由し、太平洋上を北東へと進む、極めて一般的なルートを飛行しています。
機内の個人用モニターに表示されるフライトマップ(動く地図)を見つめながら、「本当に、何度このルートをフライトしたか分からないな」という感慨に耽っていました。目をつぶっていても、次にどのあたりを飛び、どのタイミングで降下を開始するかが予想できるほど、私にとっては「無難なルート」です。
【那覇→羽田の一般的な標準飛行ルート】

この無難なルートを飛びながら、私は数年前の「コロナ禍」の時代に思いを馳せていました。
世界中が移動制限に喘ぎ、航空業界が未曾有の危機に瀕していたあの頃。私たちは感染対策に細心の注意を払いながら、驚くほど静まり返った日本中を飛び回っていました。
当時は観光客の姿が消え、空港はゴーストタウンのようでした。機内に入れば、プレミアムクラスはおろか普通席までガラガラ。CAさんたちの視線を一身に浴びながら、静寂の中でフライトを重ねていました。
不謹慎かもしれませんが、あの当時は「結果的には、どこへ行っても混雑に巻き込まれることなく、静かに日本の空を、そして各地を回ることができた非常に良い結果の日々だった」とも言えます。旅の本質である「移動と静寂」が、奇妙な形で両立していた時代でした。
逃げ足モード:台風直前の緊迫感
翻って、現在の空はどうでしょう。
コロナの影は完全に消え去り、機内は昔と同じように「OKAタッチ」をメインとする修行僧や、国内外の観光客で溢れかえっています。かつての静寂を知る身としては、現在の喧騒は少しばかり物足りなく、かつ窮屈に感じられることもあります。しかし、これこそが「慣れ親しんだ、本来あるべき世界」の姿なのだとも割り切っています。
しばらくすると、機内は照明が落とされ、夜間飛行特有の「減灯・まったりモード」へと移行しました。
周囲を見渡すと、やはり機内は満席。相変わらずの大混雑です。
実は、このフライトが設定されていた週末、沖縄地方には大型の台風が直撃する直前というタイミングでした。
翌日以降のフライトは、欠航や遅延が確実視されているような状況です。つまり、この日の機内に漂っていた独特の熱気と混雑は、単なる週末の需要だけではなく、「台風に捕まる前に、一刻も早く沖縄を脱出しなければならない」という、乗客たちの「逃げ足モード」の現れだったのです。臨時便も数本設定されており、まさに空港全体が嵐の前の緊迫感に包まれていました。無事にこの便のシートを確保でき、予定通りに羽田へ向かえていることのありがたさを、減灯された機内でしみじみと噛み締めました。
羽田到着:深夜の選択肢と最後の鉄路

22時台到着という「安牌」
快適なフライトは終盤を迎え、機体は順調に高度を下げていきます。房総半島を回り込み、東京湾の上空を経て、羽田空港の滑走路へと滑り込みました。力強いブレーキングを経て、飛行機は定刻通りにスポット(駐機口)に到着。時計の針は22時台を指しています。
羽田空港への到着が23時を過ぎてしまうと、都心へ向かう電車やモノレールの終電が途端に怪しくなり、地上交通の選択肢が急激に狭まってしまいます。深夜割増のタクシー列に並ぶか、高いリムジンバスに滑り込むかという、精神的にも肉体的にも消耗する戦いが待っているのです。
しかし、22時台の到着であれば、まだまだ「安牌(あんぱい)」です。公共交通機関は十分に動いており、心に余裕を持って家路につくことができます。

浜松町からの誘惑を断ち切って
飛行機を降り、預け手荷物もない私は、そのままの足で東京モノレールの改札へと向かいました。ルートとしては非常に無難な、いつもの帰宅経路です。
那覇からの長距離フライト(しかも台風前の緊張感と機内での飲酒)を経て、私の身体はそれなりに疲労を溜め込んでいました。モノレールが終点の浜松町駅に到着したとき、頭の中で悪魔の囁きが聞こえます。
「ここからタクシーに乗ってしまえば、楽に、一瞬で家に帰れるぞ……」
疲れている時のタクシーは、麻薬のような魅力を持っています。しかし、今日の私はなぜか少しだけストイックでした。
「いや、今日は最後まで鉄路(鉄道)で帰ろう」
そう決意し、JR線へと乗り換え、ガタゴト(JR東の最重要路線なのでそんなに揺れませんが)と揺られながら、都内の自宅を目指しました。財布に優しく、旅を最後まできちんと自分の足で締めくくるための、小さなこだわりでした。
とぎれとぎれの記憶、確かな記録
翌朝、自宅のベッドで目を覚ましたとき、昨夜の帰路の記憶は正直に言って「とぎれとぎれ」でした。浜松町で乗り換えたあたりからの記憶が妙に薄く、自分がどうやって部屋までたどり着いたのか、判然としない部分すらあります。
しかし、スマートフォンの写真を開いてみると、そこには機内食のメニュー、1A席から見た窓の外の景色、ラウンジのハイボールジョッキの写真が、驚くほど鮮明に、かつしっかりと時系列順に残されていました。
「人間の記憶なんて曖昧なものだが、こうしてブログの搭乗記のために写真を撮る癖をつけていると、意外と自分の行動の足跡がしっかり残っているものだな」
そんな風に感心しながら、私はカメラロールの写真を整理し、この搭乗記の筆を執り始めたのでした。
最後に
今回のANA1096便、プレミアムクラスでのフライトは、私にとって無数にある「OKAタッチ」の1ページに過ぎないかもしれません。
しかし、最新機材78Gの「1A」という最上のシート、台風前夜という独特の緊迫感、そして機内食の小エビ(オキアミ)に対する小さな突っ込みなど、振り返ってみれば、二度と同じものはない、一期一会のディテールに満ちたフライトでした。
効率性やマイル(PP)の数字だけを追い求めがちな「修行」ですが、その道中にある小さな変化や違和感を面白がることこそが、飽きずにこの趣味を続けていくための最大の秘訣なのだと、改めて実感させられる旅となりました。