
「何度訪れても、旅の終わりはいつも新しい」そんな格言を反芻したくなるほど、私にとって馴染み深い那覇から羽田への帰路。慣れ親しんだ機内のパーソナルスペースで冷えたグラスを傾けながら、改めてこのフライトが持つ心地よさと、空の旅の「いま」を見つめ直してみました。
繰り返される移動のなかで


幾度となく足を運び、そして再び日常へと帰還するために旅立つ場所、那覇。
今回もまた、沖縄(OKA)から東京(HND)へと向かう、見慣れた空路の時間が巡ってきました。
しかし、旅というものは往々にして、こちらの描いた筋書き通りには進まないものです。那覇へ至る前の静岡からのフライトが、天候の気まぐれか、あるいは航空管制の都合でしょうか、30分ほど遅れての到着となりました。本来の行程であれば、羽田行きの機体に飛び乗るだけの、息つく暇もないタイトな乗り継ぎになるはずだったのです。
「せっかくの最上級ラウンジに、立ちよる時間すら残されていないかもしれない」
そんな一抹の焦燥が脳裏をかすめたのも束の間、出発ロビーの電光掲示板に目をやると、そこには次に搭乗する羽田便の「35分遅延」という文字が静かに浮かんでいました。
定時運航を厳守したい航空会社にとっては痛手であり、一刻も早い帰京を望むビジネスパーソンにとっては、いささか不都合な乱れかもしれません。しかし、多くの時間を空の上で過ごしてきた人間にとっては、神様が用意してくれたささやかなボーナスタイムのようにも思えます。
怪我の功名とでも言うべきでしょうか。結果として、ラウンジで過ごす、贅沢な時間を手に入れることができました。東京への帰着が少しばかり深夜にずれ込むのはご愛嬌ですが、冷えたグラスを傾けながら、これから始まるフライトに静かに思いを馳せる時間は、決して悪くないものです。
30年目のOKAターミナルと、新システムの洗礼
バブルの余韻を残す空間

私が那覇空港(OKA)のターミナルビルを利用し始めてから、気づけば30年近くの歳月が流れています。数え切れないほどこのロビーを歩いてきましたが、これまでは目の前の搭乗ゲートや、土産物屋の賑わいにばかり目を奪われ、あまり「天井」をじっくりと見上げることはありませんでした。
ふと視線を上に向けてみます。そこには、どこか時代を感じさせつつも、圧倒的な開放感を持つ大空間が広がっていました。
この現ターミナルが誕生したのは、日本のバブル経済が完全に弾けた後(1999年)のことです。しかし、設計や計画の源流には、あの華やかかりし時代の残り香が確かに漂っています。日本全国の主要空港を見渡すと、地方自治体の威信をかけたような豪華な建築物が多いですが、この那覇空港も例外ではありません。太い柱、ダイナミックな曲線を画す天井の意匠。リゾートの玄関口としてのプライドと、平成初期の公共建築が持っていた独特の「豊かさ」が、四半世紀を経た今も色褪せずに息づいています。
プレミアムメンバーの風景と新システム

出発の準備が整い、いよいよ機内へと移動するアナウンスが流れました。ゲートへ向かうと、相変わらずの光景が広がっています。優先搭乗であります。すくすくと育ってほしいところです。
さて、新国内線旅客システム移行を経てからというもの、不思議と「ダイヤモンドパワー」が以前よりも効いているような感覚があります。
システム切り替えの当初は、文字通りの大混乱でした。ステータスホルダー専用のはずのダイヤモンドサービスデスクに電話をかけても、1時間以上待たされてようやく繋がるという、かつてない異常事態を経験したものです。
もちろん、オンラインで手続きが完結する分には、画面のインターフェースに多少の「容赦のなさ(戸惑い)」を感じつつも、慣れてしまえば国際線に乗る時のようなスマートな感覚であります。システムが熟成されてきたことで、最上級会員としてのハンドリングのプライオリティが、目に見えないアルゴリズムのなかでより強固に機能しているのかもしれない、と感じています。

機内へと一歩足を踏み入れると、窓の外はかなり激しい土砂降りになっていました。
東京にいれば、最近は「本当に梅雨なのだろうか」と疑いたくなるような空梅雨の日々が続くこともあります。しかし、ひとたび沖縄に降り立てば、これでもかと言わんばかりの圧倒的な湿気と水分が世界を満たしています。五感のすべてで「あぁ、私は今、梅雨の真っ只中の沖縄にいるのだ」と実感させられます。

機内はなかなかの搭乗客で賑わっていました。プレミアムクラスの落ち着いた空間の後方から、次々と普通席へと流れ込んでいく乗客の波。修学旅行生、家族連れ、リゾート帰りのカップル。この混沌とした活気こそが、昔から変わらない沖縄便の風物詩ですね。
767の金属音に宿るロマン


ふと隣のゲートに目をやると、次世代を担うフラッグシップであるボーイング787-10の向こう側に、ベテランの趣を醸し出すボーイング767-300ERの姿がありました。あの「76P(国内線仕様の767)」は、中部国際空港(セントレア)行きでしょうか。
現代の航空界は787世代、あるいはA350世代が主流となり、エンジン音は「静粛性」と「低燃費」を追求したマイルドなものへと劇的に変化しました。しかし、私のような古い人間からすると、あの767が搭載するエンジンの、高音で金属的なキーンという響きこそが、「これぞジェット機に乗っている」という旅情を最も掻き立ててくれます。
B777に搭載されている怪物エンジン「GE90」あたりまでは、そうした暴力的なまでのパワーと金属的な響きが残っていたように思います。今の静かな飛行機も快適で素晴らしいのですが、あの耳の奥に残る金属音への郷愁は、どうしても消えることがありません。
歌舞伎からピカチュウへ、セーフティビデオの変遷

機体がプッシュバックを開始すると、モニターに安全ビデオが流れ始めました。
ANAのセーフティビデオといえば、かつての「歌舞伎」をテーマにした演出が世界中で話題となり、その後は機内撮影による「内製風」のものへ、そして最近では「ピカチュウ(ポケモン)」を大々的にフィーチャーしたものへと、目まぐるしく変化を遂げています。
航空会社としての明確な意図やブランド戦略の全貌は、一乗客である私には不明です。しかし、これだけ大胆に、かつ短いスパンでコンセプトを変えてくるあたり、ANAという組織は私たちが想像する以上に「フライトワーク(フットワーク)が軽い」ということなのでしょう。乗客を飽きさせないための工夫として、素直に楽しませてもらうことにします。まあ、コスト管理かもしれませんが。
離陸:18Lからのテイクオフと瀬長島の変貌

さて、いよいよ離陸の時です。
滑走路へのタキシングが進むなか、今日の離陸滑走路は那覇空港がもともと持っていた第1滑走路(18L)であることが分かりました。近年新設された第2滑走路(18R)からの離陸も増えましたが、やはり昔馴染みのこちらから飛び立つのは落ち着くものです。
外は相変わらずの土砂降りで、アスファルトの滑走路が雨水に濡れ、まるで鏡のようにピカピカと鈍い光を放っています。


スロットルが押し込まれ、エンジンが咆哮を上げます。雨を切り裂きながら加速する機体。滑走路上で激しく飛び散る水飛沫。しかし、重力を振り切って地上を離れる瞬間は、驚くほどあっという間でした。
機首が上がると、窓外に「瀬長島」の姿が見えてきました。
「あぁ、ここも随分と開発が進んでしまったな」
かつては静かな、知る人ぞ知る飛行機ウォッチングの聖地だった島は、今やラグジュアリーなホテルらしき高層建築が複数立ち並ぶ、一大リゾート地へと変貌を遂げています。
同時に、こうして上空から見下ろすことで、新設された沖合の滑走路までの圧倒的な「距離」を改めて痛感します。那覇空港という拠点が、どれほど巨大なキャパシティを持つ空港へと拡張されたのか。その広大さを、文字通り俯瞰して理解する瞬間です。

本日のフライトは、南側に向かっての離陸となりました。そのため、機体は糸満方面へと大きく突き進んだ後、グッと左へ旋回して、一路東京を目指して機首を北東へと向けます。那覇からの出発としては、天候や風向きの関係もあるのでしょうが、なかなか珍しいルートを体験でき、少し得をした気分になりました。
アジアンな機内食

ベルト着用サインが消えると、お楽しみの機内食の時間です。
最近のネット上の搭乗記のトレンドに倣い、ここに本日のメニューの全貌を記録しておきましょう。
お食事
- 玉子焼き、鯖味噌煮、きんぴら牛蒡 炊き合わせ
- 大根とツナのレモン風味
- プルコギ
- パパイヤイリチー
- ホキ塩蒸し 柚子もみじおろしあんかけ
- 海南鶏飯
- 味噌汁
- 本日の茶菓
529kcal
※味噌汁、本日の茶菓を除く
主菜はJRAとでも言えそうな結構多いメニューでありました。
白ワインとスカイトラックスののんびり感

全体的にエスニック、かつ「アジアン」な雰囲気が漂うメニュー構成だったため、ペアリングには白ワインをチョイスしました。
この白ワイン、ここ最近のフライトでもよく見かける銘柄です。以前のANAであれば、機内ワインの切り替えサイクルはもっと早かったような記憶があります。しかし、コストカットの影響なのか、あるいはこれが今の最適解なのか、「今はこんなものなのだろうな」と納得しています。
国内線というドメスティックなセクターは、世界的な航空格付け機関である「SKYTRAX(スカイトラックス)」のレーティング対象外(あるいはウェイトが低い)だからでしょうか。メニューの更新頻度も含めて、どこか「のんびり」とした空気が流れています。
まあ、最近は国際線ですら、かつてのような激しいサービス競争が影を潜め、似たようなのんびり感が漂っているのですから、国内線がこうなるのも時代の潮流なのかもしれません。
海南鶏飯の思い出と、謎の魚「ホキ」


御飯ものは、シンガポールやマレーシアの国民食として知られる「海南鶏飯(ハイナンジーファン)」です。
昔、職場の近くに、そのものズバリの店名を掲げた海南鶏飯の専門店があり、ランチタイムによく通ったものです。その思い出の味と比べると、今日の機内食のそれは「少し違う(歯牙う)」感じもしないではないですが、そこは高度1万メートルで提供されるプレミアムクラスの機内食。愛嬌として微笑ましく受け入れるのが大人の作法というものです。
思えば、シンガポール現地で食べる海南鶏飯も、お洒落なホテルの高級店で食べるより、ゲイランなどの風俗街や、少し雑多なエリアの近くにある屋台(ホーカーセンター)で、汗をかきながら食べる方が、圧倒的に「現地っぽくて美味かった」という記憶が蘇ります。
「ホキ」と聞くと、鉄道ファンや貨物好きな人間なら「セメントや石灰を運ぶ、ホッパ車の形式称号(ホキ)」かと思ってしまいますが、もちろん違います。これは南半球の深海に棲む、タラに似た白身魚のことです。
この魚の最大の特徴は、魚特有の臭みやクセが極めて少ないことです。自己主張が少なく、どんなソースや味付けにも器用に馴染みます。その、良くも悪くも「当たり障りのない、クリーンで万人受けするキャラクター」を見ていると、なんだか芸能界における「小泉進次郎の兄の(小泉孝太郎氏)」みたいな存在だな、などと不届きな実況を頭の中で展開してしまいます。
787の美しい翼と、蓄積された搭乗の記憶
投げ釣り竿のごとくしなる翼

海外旅行気分を疑似体験させてくれたアジアンな食事を終えた後は、日常の「まったりモード」へと移行します。ANA定番のおかきをつまみに、白ワインのグラスを傾けます。
いつも通りの展開ではありますが、ふと気づいたことがあります。2杯目、3杯目とおかわりをお願いしても、ずっと「ガラスのグラス」で提供され続けているのです。
通常、上空で激しい揺れ(タービュランス)が予想される場合、安全のためにプラスチックカップでの提供へと切り替わります。
これだけ贅沢にグラスを使い続けられるということは、チーフパーサーやCAさんが、運行管理を行うディスパッチャーと密に連絡を取り合い、「この先もしばらくは揺れないので、グラス提供のままでOKです」といった許可(アプルーバル)をわざわざ採ってくれているのでしょうか。そんな機内の裏側の連携に想像を巡らせるのも面白いものです。

窓の外を見やると、そこにはボーイング787を787たらしめる、美しい景色が広がっていました。
やっぱり、787の主翼は他のどの航空機と比較しても「異質」であり、圧倒的に美しいと感じます。
飛行中、高度が上がり気流を捉えると、主翼は上方へと激しくしなります。その曲がり具合は、まるで海岸から仕掛けを遠投する「投げ釣りの釣り竿」並みのしなり差です。炭素繊維複合材(カーボン素材)だからこそ実現したこの柔軟な翼が、機体の揺れを吸収し、快適な乗り心地を生み出しています。
「これだけしなるなら、現在開発中の次世代大型機B777X(777-9)が高度37,000フィート(約11,300m)を飛んでいる時の翼は、一体どんな風に見えるのかな」
早くその光景をこの目で確かめてみたいという、尽きない欲望が頭をもたげてきます。
787の搭乗履歴

まったりとした時間が流れる機内。手持ち無沙汰にスマートフォンのカメラで機内を撮影しながら、ふと思いついて、自分のこれまでのフライト履歴を脳内で、あるいは手元のデータで手繰り寄せてみました。
これまでのフライトにおいて、圧倒的に787への搭乗回数が多いと思い込んでいました。「ダイヤモンド修行(最上級ステータス獲得のためのマイル積算旅)」の歴史は、まさに787が日本の空に華々しくデビューし、大量導入されていく過程と完全にシンクロしていたことから、生涯で一番搭乗した機材は、間違いなく787シリーズであると思っていました。
しかし、データを弾き出してみると、衝撃の事実が判明したのです。
- 第2位:ボーイング787シリーズ(全モデル合計) 233回
- 第1位:ボーイング777シリーズ(全モデル合計) 269回
なんと、最多は787ではなく、一世代前の、そして今も現役の「777シリーズ」でありました。個人的にも前世代の人間と言う事を痛感しました。
ANA=787という強い刷り込みと、修行時代の鮮烈な記憶のせいで錯覚していましたが、かつての日本の国内線幹線(羽田~札幌・伊丹・福岡・那覇)を文字通りワンオペレーションの如く支え、国際線でも長年フラッグシップであり続けたトリプルセブン(777)の稼働力は、やはり伊達ではなかったのですね。
「こうなったら、将来導入されるB777-9で、何としても777シリーズの搭乗回数300回の大台を目指したいものですね。」
雲の上で、新たな旅の目標(という名の妄想)が一つ増えることとなりました。実現したいところです。
加速する時間とHNDへの帰還
そんな妄想とデータの海に溺れているうちに、機体は早くも降下を開始し、羽田空港(HND)のアプローチコースへと入っていました。
最近、那覇と羽田の往復という約2時間半のフライトが、あまりにも短く感じられて仕方がありません。機内でワインを楽しんでいるせいか、時間の感覚が麻痺している面もありますが、理由はそれだけではない気がします。
振り返れば、国内線に「スーパーシート」があった時代、私はフライトの1分1秒をもっと貪欲に噛み締めていた記憶があります。それに比べると、今は随分とあっけないものです。
「年齢のせいで時間の経過が早く感じられるのだろうか」とも思いましたが、もう一つ、現代の飛行機が「空中でもインターネットに繋がる」ようになったことも大きいのでしょう。
かつての機内は、社会から隔絶された「孤独と静寂の空間」でした。だからこそ、本を読み、景色を眺め、お酒を飲む時間の流れが濃密だったのです。しかし今や、地上と同じようにメールやSNSをチェックできます。便利さと引き換えに、私たちはフライトという「旅の情緒」を、自ら加速させてしまっているのかもしれません。
まあ、傍から見れば、ただスマートフォンを眺めている乗客の一人に過ぎないわけですが。
その後、機体は遅れを保ったまま羽田へと到着しました。幸いにも幹線らしい中央寄りのゲートだったため、降機後に長く歩かされずに済んだのは助かりました。
最後に
今回のフライトは、自分にとってはいつも通りのマイル修行の1ページに過ぎないはずでした。しかし、雨の那覇、進化を続ける機材、そしてフライトログの意外な事実に触れるうちに、雲の上で少し違った景色が見えた気がします。
本日の一便を終えたことで、プレミアムポイントは5万PPに王手となり、今年も「ダイヤモンド」の背中がうっすらと見えてきました。しかし同時に、近年のSFCを取り巻く制度の変化や、海外発券運賃の高騰を目の当たりにすると、「これまでのように情熱を傾けることが、本当に正解なのだろうか」と、ふと立ち止まって考えてしまう自分もいます。
かと言って、上を見上げればきりのないステータス競争。迷走するフライトプランに戸惑い、まるでロストポジションから「自分の進路を導いてくれるVOR(無線標識)」を再検索しているかのような、奇妙な心境です。
ただ、たとえ国際線へのハードルが高くなったとしても、こうして国内線だけで完結できるプレミアムクラスが存在するの奥深い選択肢がある日本は、なんだかんだ言っても「まあまあ、いい国」なのかもしれません。