
かつて航空ステータスは、文字通り「修行」の果てに得られる聖杯でした。1日に何度も、羽田と沖縄を往復し、あるいは海外発券を駆使してクアラルンプールをタッチする。それらの苦行を乗り越えた者だけが、ラウンジという名の聖域へ足を踏み入れることを許されたのです。これは現在も間違いありません。
しかし、「JAL Luxury Card Limited」の登場は大きく変えたのでしょう。。
年会費約60万円。この「超高額な入場料」を支払うだけで、一度も空を飛ばずとも「JMBサファイア」が手に入り、さらに毎年50,000 FOPが自動的に付与される。これは、何十回と機内食を食べ、エコノミーの座席で腰を痛めながらポイントを積み上げてきた修行僧たちの努力を、札束でなぎ倒すかのような衝撃です。
ある意味でJALは、ANAとは異なる次元で「ラウンジへアクセスすべき属性」を選別し始めたと言えるでしょう。顧客単価のあり方としては議論の余地があるかもしれませんが、ラウンジ入室基準を抜本的に見直そうとするJALの不退転の決意を感じざるを得ません。
これを「邪道」と切り捨てるか。あるいは、JALの真髄を極めるための「究極のエントリーモデル」と捉えるか。ステータスの価値観がいま、大きな転換点を迎えています。
- JAL Luxury Cardの問題点
- 妄想:もしも、「ANA Luxury Card」が登場したら
- 「切り捨て」と「自由」のジレンマ
- ステータスは「推し活」であり、ある意味、「盆栽」
- ANAがメタルカード、何もない方が良いのではないか
- 最後に
JAL Luxury Cardの問題点

かつて航空ステータスは、文字通り「修行」の果てに得られる聖杯でした。1日に羽田と沖縄を往復し、あるいは海外発券を駆使してクアラルンプールをタッチする。それらの苦行を乗り越えた者だけが、ラウンジという名の聖域へ足を踏み入れることを許されたのです。しかし、「JAL Luxury Card Limited」の登場がすべてを変えました。
年会費約60万円。この「超高額な入場料」を支払うだけで、一度も空を飛ばずとも「JMBサファイア」が手に入り、さらに毎年50,000 FOPが自動的に付与される。これは、何十回と機内食を食べ、エコノミーの座席で腰を痛めながらポイントを積み上げてきた修行僧たちの努力を、札束でなぎ倒すかのような衝撃です。
ある意味でJALは、ANAとは異なる次元で「ラウンジへアクセスすべき属性」を選別し始めたと言えるでしょう。顧客単価のあり方としては議論の余地があるかもしれませんが、ラウンジ入室基準を抜本的に見直そうとするJALの不退転の決意を感じざるを得ません。
これを「邪道」と切り捨てるか。あるいは、JALの真髄を極めるための「究極のエントリーモデル」と捉えるか。ステータスの価値観がいま、大きな転換点を迎えています。
妄想:もしも、「ANA Luxury Card」が登場したら

西田さんの名曲のようにもしも、「ANA Luxury Card」が登場したらと妄想してしまいます。もしANAが、JALに対抗して同様のカードを発行するとしたら、そのスペックはどうなるでしょうか。AIが考えてスペックは以下のとおりです。
- ■ 年会費: 650,000円(税込)
- ■ 入会条件: 完全招待制(ANAカード決済額、または過去の搭乗実績を考慮)
- ■ 自動付帯: ANA「ダイヤモンドサービス」
・通常100,000 PP必要なダイヤモンドを、年会費決済のみで維持。
・さらに毎年40,000 PP(ライフソリューション併用を意識)を無条件付与。 - ■ 限定特典:
- 国内線・国際線ともにANA SUITE LOUNGEの無制限利用。
- ANAミリオンマイラー限定の「ネームタグ」を模した重厚なメタルカード券面。
- アップグレードポイントを毎年40ポイント一括付与。
中々でありますが、AIはダイヤモンドを付与してしまいます。ANAであれば、25,000PPぐらいは飛ばないと付与しないと言うところかもしれません。また、ANAミリオンマイラー限定の「ネームタグ」を模した重厚なメタルカード券面というのも解せないですね。ミリオンマイラーとしてはダイヤモンド不愉快ですが、その券面に関心が出てしまいます。
デザイン的には、JAL Luxury Cardが「赤い漆」をイメージしたデザインであるのに対し、この妄想上の"The Crimson Million"は、ANAのミリオンマイラーだけが到達できる「時の積み重ね」を象徴するネームタグのデザインをオマージュしています。どこにオマージュするのでしょうか。
「金で買うステータス」と「時間で築く実績」が融合した時、そこに残るのは利便性か、それとも虚無感か。これはマイレージ制度がスタートして1世紀足らずで直面する問題かもしれません。
さらに、もしこのようなカードが出れば、現在の「ライフソリューションサービス」を駆使して必死にダイヤモンドを維持している層は、こぞってこのカードに飛びつくでしょう。PP(プレミアムポイント)単価を計算し、不必要なANA Mallでの買い物を積み上げる苦労から解放される「免罪符」になるからです。
「切り捨て」と「自由」のジレンマ

しかし、ここで筆者の脳裏をよぎるのは、ANAが進めている「SFC(スーパーフライヤーズカード)の価値修正」という名の切り捨て政策です。
かつてSFCは、一度プラチナになれば一生涯、低廉な年会費でラウンジを使える「自由の象徴」でした。しかし、会員の激増によりラウンジは混雑し、ANAは徐々に「決済額」や「継続的な搭乗」を条件に加え、かつての「一度の修行で一生安泰」という自由を奪いつつあります。
超高額な年会費でステータスを買う「ラグジュアリーカード方式」は、一見すると合理的ですが、それは「自由」を「維持コスト」に変換しているだけに過ぎません。60万円を払い続けなければ消えてしまうステータスは、もはや「功績」ではなく「サブスクリプション」です。
ステータスは「推し活」であり、ある意味、「盆栽」
結局、私たちが求めているステータスとは何なのでしょうか。
空港でダイヤモンドの列に並ぶ時、あるいはラウンジの静寂(最近は騒がしいですが)に身を置く時、私たちが感じているのは単なる「優越感」ではありません。それは、日々の過酷なビジネス社会という戦場で、ボロボロになった自分に纏わせる「鎧(アーマー)」です。
これは現代の「推し活」に似ています。自分が応援する(あるいは依存する)航空会社に多額の資金と時間を投じ、その見返りとして「あなたは特別な存在である」という承認を得る。そのプロセス自体が、乾いた心を潤すエンターテインメントなのです。
また、それは「盆栽」にも通じます。盆栽と言うと空港のない埼玉県を想起してしまいすが、盆栽のような日々の変化とメンテの維持こそにその将来に未来があるのは、マイラーが修行を続ける源泉なのかもしれません。
自分自身のライフタイムマイル(LTM)を、10年、20年という歳月をかけてコツコツと育て上げ、100万マイルという大台に乗せる。その歪なまでに育て上げられた実績は、他人から見ればただの数字ですが、本人にとっては自分の一部として愛でるべき芸術作品なのです。私のような人から見ると超高額な年会費でステータスを買う事は不思議かもしれませんが、私のようなミリオンマイラーにプラスの特典があると乗ってしまうと言うのは下世話かもしれません。
ANAがメタルカード、何もない方が良いのではないか
超高額なカードでステータスが買える時代。それは、「持たざる者」が「持つ者」に一足飛びでなれるユートピアのようでいて、実はステータスの神秘性を剥ぎ取るディストピアでもあります。
「究極のステータスとは、ステータスに縛られないこと」という逆説的なものでした。
ダイヤモンドの維持に汲々とし、PP単価に一喜一憂し、ラウンジのカレーの味に文句を言う。そんな「ステータスの奴隷」になっている間は、本当の意味で旅を楽しめていないのかもしれません。
もし「ANA Luxury Card」が出たとしても、それを手に入れた瞬間に、私たちはまた別の「維持しなければならない重圧」に晒されます。
何も持たず、ただその時の気分で航空会社を選び、混雑するゲート前で静かに搭乗を待つ。その静寂こそが、あらゆる承認欲求から開放された瞬間が一番面白いと感じてしまいます。プライオリティパスはで個々のラウンジはダメだと評論したり、ビジネスクラスを吟味みたいなことをしていると結局は何かとなります。
結局もステータスという名の盆栽を愛でる楽しさを知りつつも、いつかはその盆栽を叩き割り、ただの「一人の旅人」に戻る。その時こそが、満たされない人間が本当の意味で開放される瞬間なのかもしれません。
盆栽は真髄は自然に接していて、それを自分のモノにするような略奪愛でもなく、時の流れ中でついてくるのかもしれません。そういう意味では、JAL Luxury Cardがどれだけ長続きするのかと言うのも見てみたいです。
最後に
ANAが金属製のLCカードを発行したら、どうするか言われたら、田舎民のように飛びつくかもしれません。実体的には、プラスチックカードの大手のVISAやJCBよりは、効率はどうかると思いますが、高い年額費が故に、チャリンチャリンで還元率やプライオリティパスを含めても、左団扇であり、会員は意外と良いかもしれません。
PP単価のように割り算をし過ぎると、その真実はどうかと思うかもしれませんが。