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First 海外発券

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すいません。ファーストクラスの運賃が安い海外発券の話ではなく、自分の初めて海外発券した話を書きたいと思います。最近、はてなブログの初めての海外発券という記事を読み、インスピレーションしました。休日ですので、お付き合いいただければ幸いです。

2001年、初の南米行き

インターネットの普及が始まった時代で、航空券の予約は電話や店頭な主流の時代でした。当時アメリカン航空でマイルを貯めていて、当時から上級会員というものに関心があり、遠くに行けば行くほど当時は上級会員になれた時代でチャレンジしていました。ゴールデンウィークに一週間の休暇があり、どこに行こうか検討していたころ、南米往復が13万円程度で可能なことが判明しました。行先としては、ブエノスアイレスとサンパウロとサンチャゴのいずれかでした。最終的には、ビザが必要なく、比較的当時安全と言われいたチリを選択しました。南米には、米国を経由し、ダラスかシカゴ経由となり、乗り継ぎを考えるとダラスが有力となりました。

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南米に行って何をすると言うことになり、南米の端まで行ってみようということになりました。青春18きっぷで稚内に行くような感覚で考えていました。南米最南端というとアルゼンチンのホーン岬ですが、ブエノスアイレスからの接続とマイル加算を考えるといまひとつでしたので、最南端ではないものの、南の端らしい場所として、チリのプンタアレーナスがありました。こちらは、大航海時代に世界一周(マゼラン自身は途中で亡くなった)したマゼランに所縁のマゼラン海峡があり、チリの中でも比較的大きな都市のため、ワンワールドに加盟していたLAN Chile就航しているため、こちらを検討としました。

初めての海外発券は地球の裏側でオンライン発券

日本からの南米往復は渋谷の雑居ビルにある旅行会社にて今では珍しい紙の航空券で受け取りましたが、チリの首都であるサンチャゴから先のチケットは空白状態でした。プンタアレーナスまでのチケットを旅行代理店に依頼すると正規運賃の往復しかなく、運賃は5万円ほどかかり、南米まで格安なのにもかかわらず、高くなってしまうため、インターネットで検索すると英語サイトではあるものの、LAN Chileのホームページにてオンラインで予約できることがわかりました。それまで、オンライン購入はなく、初めてですが、やってみようと思い、入力を進めると簡単に予約できました。インターネットで予約・発券を始めたばかりか、現在で考えられる制約がなくサンチャゴからプンタアレーナスの往復が簡単に予約でき、クレジットカード決済も問題なくできました。あまりに簡単にできたため、少々不安ながらも完了画面を印刷し、旅路となりました。

実際出かけてみる

日本を出発し、ダラスまで14時間のエコノミーの旅ですが、当時はバルクヘッドについてあまり情報がない中、電話で航空会社に連絡すると意外と簡単に押さえることができ、バルクヘッドで快適にダラスへ到着。ダラスへの到着が午前中で、チリへの出発が夜のため、ダラス市内の観光でもすればよかったのでが、よくわからず、空港で過ごした記憶があります。現在のように、スマホやパソコンを持ち歩いてインターネットをするということもなく、ダラス・フォートワース空港の各ターミナルをすべて回りさらに時間があり、本を読んでいた記憶があります。搭乗前にトイレで着替えた記憶があります。そんなこんなで夜になり、サンチャゴ行きの便に搭乗。当時でも珍しかったMD-11というエンジンが垂直尾翼にもある三発機とかいう機体でレッドアイフライトにてサンチャゴに。サンチャゴ空港では、日本から二日経った朝に到着し、乗り継ぎ時間3時間でマゼラン海峡のあるプンタアレーナス行きとなりました。

プンタアレーナスに

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初めての海外発券でかつ、地球の裏側でオンライン発券ということで、問題が起きるのではないかと心配でしたが、あっけなく、チェックインカウンターにて搭乗券が発券され、問題なく搭乗できました。プンタアレーナスまではLAN Chileではなく、当時グループ会社であったラデコ航空のフライトでした。

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サンチャゴからプンタアレーナスまでは、東京と香港間の距離と同等で4時間程度の距離でしたが、途中眼下には氷河やチリの太平洋岸の景色を楽しむことができました。

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プンタアレーナスも問題なく着陸し、市内に。小さな街であるプンタアレーナスはそれほど楽しむ場所はなく、丘の上から見えるマゼラン海峡ぐらいが印象に残る所でした。

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当時からエクスカーションとしてペンギンを見るツアーはありましたが、食指が進まず、プンタアレーナスで3泊を持て余し、復路サンチャゴへ。こちらも問題なく搭乗でき、経由地のプエルトモンで富士山のような山を見つつ、サンチャゴに。

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サンチャゴは当時も治安が良く、スペイン統治時代の印象を残すきれいな街でした。

ニューヨークを経由し、帰国

そんなサンチャゴもわずかの滞在で帰路、日本へ。サンチャゴからはマイアミを経由し、ラガーディアに到着し、当時、初めてのニューヨークにショートステイしました。お上りさんそのままに自由の女神とエンパイアステートビルを観光。

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いまではもう見られない景色を写真におさめました。その数カ月後もう見られない景色となってしまいました。最後は、ニューヨークからシカゴを経由して日本に戻りましたが、いたって問題なく、旅行を終えました。

最後に

以上のように初めての海外発券は何も問題なく、終了しました。地球の裏側の国内線の予約の発券ということで戸惑いましたが、実行してみれば何も問題なくできました。この時から迷ったときは行動するというのが定着し、その後も海外発券をいろいろしてみましたが、失敗も何度かありますが、それなりに旅行を楽しんでいます。失敗はあるかもしれませんが、マゼランのように何でもトライすると結果がついてくることを実感しました。

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